ご注意

このサイトはアダルト・サイトです。詳しくはわかりませんが、ご覧の国の律に従って閲覧してください。とりあえず、子供は十年いよ、一昨日来やがれ(笑)。
そして、大変僭越ながら、当ブログは特定秘密保護法案に断固として対します。だって、真っ先にこういうブログがかれそうだから。
そして、2013年末に亡くなられた大瀧詠一さんに心からの悼の意を表します。どうか安らかに。夢は消え、歌は残る。
なお、このブログは定期更新で、且つ、ある程度まとめて原稿を書いて、小出しに更新する、というスタイルでおりますので、多少最新情報から外れることもありますが、その点は気長にお付き合いください。
ですが、何かと不便なのでまとまりのはじめの記事に「直線ち」というラベルを付けるようにしましたので、そこからお読み頂けると、スムーズに楽しめるのでは無いかと思っております。
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2016年1月16日

ロイヤル・ストレートフラッシュ・サルノオナニー

ル秘大全集で見つける前に、確かオレンジ通信を数ヶ月遅れで安価で旧本屋から手に入れる、ということを遣っていた頃にその裏本「トキメキ」を紹介しているのを見かけました。まぁ、ぱっと見、似ているなぁ、とは想います。広く出回っている現在のNOKKOさんよりも、デビュー当時の彼女と比較してみるとよく似ているのがわかります。まぁでも、今でもそうですけど、芸能人に似ている人をアピールするのは裏モノの常套手段でしたから、特に珍しいものではありません。
もっともそれはNOKKOさんに似ている、ということを前面に出しているわけではありません。ちょっと調べてみると、どうやらその裏本は1984年の四月頃に世に出回っていたものです。一方でREBECCAのデビューは同じ年の四月です。まだ後のレッド・ウォーリアーズのシャケさんとかいる頃で、今よりはもっとポップよりはパンクっぽい音をしてた頃です。もちろんド新人で、ヒット曲もありませんでした。
さすがに裏業者さんもその頃にREBECCAと云っても誰も知らなかったでしょう。その一年後になると、ラブ・イズ・Cashで一世を風靡するのでわかりませんけれど、そっくりさんと謂うには未だ早い。加えて、裏本の世界というのは、タイトルを換えたり、ページを入れ替えたりして平気で別の本として出していましたから、この「トキメキ」という本自体、元を正せばかなり旧い本なのかも知れない。

世の中には似ている人が三人いると云われるし、そう言われてみればNOKKOさん本人ではなく、別の誰かにも似ているよ、と云われればそう見えなくもない。更に致命的ですけれど、現物が手元になく、そのコピーものしかないというのが現状。ネットで画像を検索してもどこにも見当たらないし、お宝的に探りを入れてもどうも誰も見向きもしてないようで。しかし、だからといって他人のそら似と捨て置いてしまうにはもったいない理由がある今日この頃。長澤まさみならなおさら子供だって捨てるよ

2016年1月15日

オッパイ・ポロリ

NOKKOさんに憧れているお嬢さんとはたくさん付き合いましたけれど、私が平たく謂ってNOKKOさんでオチンチンが大っきくなることはありませんでした。どちらかというと、苦手な方で前にも云いましたけれど、オッパイがないのが致命的で、当時ライブでオッパイポロリ、なんて写真が出回っていましたけれど、へ~ってな感じで股間を熱くするなんて事も皆無でした。
前にも話した通り、私の高校時代の後半はバンドもその中に含まれますが、もっと女の子大好き、セックスしたくて堪らない、という欲望丸出しだったので、私の裏モノ志向、あるいは爆笑セックス遍歴というモノの傍らにREBECCAも存在していました。コピーバンドの女の子にちょっかいを出す、生徒会長と女の子を取り合っている内に警察沙汰、とか色々ありますが、その傍らにREBECCAも流れていたのです。
そんな中でもっと直接的に、REBECCAが私の裏モノ嗜好と繋がったことがあります。それが、この話の最初に提示した画像です。分かる人が見れば分かる、此れってNOKKOさんじゃね?という一枚です。モノは、今から二十年ほど前に手に入れた「永久保存版・マル秘(元は○に秘)大全集」の中の一ページです。その本は、「危ない愛告白2月号増刊」となっていますけれど、バナナ通信とかその辺の裏モノページを寄せ集めた総集編みたいなモノです。

その本を手に入れた頃にはもは裏モノをメインで紹介する雑誌は衰退していましたけれど、そのほんの少し前までは、バナナやオレンジやらの通信モノ、と呼ばれる雑誌が数多く有り、半年に一度ぐらいのペースでこんな総集編別冊を出していました。その後はもうビデオ・ザ・ワールドぐらいしかまとめ別冊は出さなくなりましたけれど、その頃に出た貴重な復刻本のような趣があった分厚い本の今日この頃。精液に塗れてますけど

2015年11月18日

淫乱父兄参観日

報誌もその頃、出始めていて、それもいわばリスクヘッジの一翼を担っていました。でもそれはあくまでもエロ本だし、今ほどコンビニが全国津々浦々という時代でもなかったですから、普通に堂々と買えるものでもなかった。ビデオデッキ自体が、家族の所有物という時代でしたから、なかなか個人でどうこうするにはヨッコイが必要だったのです。ただし、その流出ものを支えたのも、情報誌だった気はします。
当時は的外れなおちゃらけた評論が多かった中で、オレンジ通信とビデオ・ザ・ワールドだけは辛口で冷静な落ち着いたコメントを出していました。昨日言った、流出ものが出回る過渡期に、オリジナルが見たい、と言い続けたのはこの二誌でした。ただし、制作者側がオリジナルというリスクよりも、裏に流れたものをダビングして流す方が利益が多い、という意味で、流出ものに傾いてしまった時代の流れには抗することは無理でした。
そうすると、やはりあの人気女優の裏ビデオが遂に、という感じで煽らざるを得ず、情報誌が結局どの裏ビデオが面白いかではなく、どの女優がもっとも裏ビデオに適しているか、というような感じにシフトしていったような気がするのです。それを見ている側も、結局、綺麗なお姉ちゃんの無修正セックスが見られるなら、という感じで、オリジナルであることの意義を早々と捨て去ってしまったのです。

結局、流出もの、そして開き直ってウラAV女優の登場、と今に繋がっていく流れは、あらゆるニーズが集約された結果であるのです。需要側、供給側、双方が納得した形が、結局今の海外配信無修正ビデオで完成した、と云っても過言ではないのです。ただ、繰り返しますが、それは逆に何かを置き去りにしてしまった、という気がしてならないのです。流出ものはトピックとしては物珍しく、中にはテレビに出ている人のそれもありましたから、それなりに意味はあった。しかし、それが大勢を占めるに従って、何かを忘れてしまったのです。逆に言えば、私が昭和の裏ビデオに惹かれる理由は、もしかしたらそこにあるのかも知れない、と思うのです。忘れ去られた何かを見つければ、今の時代のアダルトの世界に何か大きな変革をもたらすキーワードになるかも知れないと、大げさに言ってみる今日この頃。コーナンのチラシに出ていた(わかりにくい)

2014年9月15日

お散歩ビジネス

能小説も、詰まるところ関係性に尽きるのだが、結局行為というもののバリエーションよりも、男女の関係の機微がどれだけ説得力があるかで、おもしろさが決まると思うのだ。いみじくも奴が謂ったように、官能小説は行為の描写は独特だが、狭いテリトリーの中で一応収まっている。
またしても話が逸れるが、というかちょっと元に戻るのでもあるが、毎日必ず読書の時間は取るようにして、その積み重ねで年間百二十冊読破を目指しているのだが、必ず併読を心がけている。一冊はがっつり読むもので、それに併せて簡単に区切れるもの、例えばそれにエロ本を利用する。
エロ本は何十ページと一気に読まないと収まらない、というものは数少ない。だいたいがキャプションを追っていくだけで適当に置いておくことが出来る。出かける用事の前に、ちょっとした間が空いて、がっつり読むには時間が短すぎるような時、途中で読むのを止めておけるそういう雑誌なんかを併せて読むのだ。

その細かく区切ることの出来るものの最適なものが、実は辞書、事典の類いだ。項目はやたらと短く簡潔で、ページの途中でも一本線を引いておけば、そこで閉じることが出来る。時間つぶし、時間調節にはちょうど良いのだが、読破するのに相当な時間がかかるのが玉に瑕な今日この頃。
体重は私の方が十キロ多い

2013年12月5日

探りザグリ

ういう意味で云うと、今回のDTIの閉鎖でも、多少はそういう被害を被る事例もないわけではないだろうな、とやっと最初の話につがってホッとしている()。そして、ビデオ・ザ・ワールドも、永遠ではないにしても、これはこれで貴重なアーカイブになる。自分の物だから、必要な情報にすぐにまさに手が届く。
最近、昔の写真をデジタルに、なんて云っているが、デジタルにしても、やっぱり写真はバックアップとして残しておくのが順当なやり方だ。ということは省スペース化、みたいなものは全くのうそっぱちに過ぎない。データが失われる、ということは、けっこう簡単にやってくる。そうなった時に、一番力を発揮するのは、現物なのだ。データも少なくともディスクに焼く、ということをしておかないと、まさかの時にはまったく役に立たなくなる。
で、やっと始めたこのブログだけれども、未だ手探りで、一番の懸念は、何処まで許されるか、という線引きがまだ見えないこと。体裁を決めることがなかなか出来ないのはその辺が理由で、探り探りやっているので、あまり期待せずにおつきあい下さい。文体とか、画像とかいきなり辞めるかもしれないので、その辺はお察し下さい()

そして、ここの情報にも、過度の期待をなさらぬように。曖昧で、何時消えるかわからないのが、ネットのセオリーと心得よ、と忠告しておく今日この頃。

2013年12月3日

時代は走る

いぶ話が逸れてしまったけれど、つまり、アダルト情報誌、というジャンルが80年代に生まれ、そこの老舗としてビデオ・ザ・ワールドはあった、というわけだ。それが廃刊になるということを後押しした、いわゆる御時世というヤツは、まさに情報を伝える変容の時代で、情報プラス誌の「誌」の部分で、存在意義を失った、ということなのだろうね。
ただ、情報、という意味でも時代は容赦なかった。今となっては末期と言える巻で紹介されているのは、ほとんどがネットからのダウンロード物、あるいは、ネットでも同じ物が配信されている物、いわゆる同時配信、というような物ばかりで、それを裏DVDとして紹介するには、多少無理がある。後者はまだよいとして、ダウンロードした物をDVDで買う、というのはもうレガシーな行為に過ぎない。
しかし、別の見方をすれば、いわゆる雑誌のあのサイズで、今配信されている動画を俯瞰してみられるという利点はあるし、そこにある程度客観的なコメントが加えられている、というスタイルは、雑誌ならでは、あるいは、さっき言ったようなレガシーな立場だからこそ、とも言える。

ネットで配信されている物だから、ネットに情報は集約されているだろう、と思いがちだが、例えばサイト横断的な物、ポータルな感じで動画を俯瞰出来る、というサイトは少ない。知らないだけかもしれないけれど、あまり見たことがない。それに、私が云うのもなんだけど、ネットで今そういう情報を載せているのは、圧倒的にアフィリエイト目的が多い。そういうところで、いわば売り物に自分でケチをつけるところは皆無、というのが実情だろう、と思う今日この頃。

2013年12月2日

裸のロジック

真時代Jrは、本家写真時代よりは、たしかにおとなし目だったけれど、エッチな度合いは学生服で買える雑誌の中ではトップレベルで、ティーンズには最高のオカズだった。一応写真雑誌、いわゆるカメラマンが読むような雑誌、という位置づけにもなっていて、そこら辺、アートの感覚は残っていた。
とにかく、混沌、という印象が強い雑誌が、その頃は溢れていて、今みたいにカテゴリーに特化して先鋭化する、というような流れとは逆のベクトルが強く働いていた時代だった。それを牽引しているのが、紙媒体、文字・言葉を介在するメディアだった。ちゃんと、テレビという健全なライバルを控えてね。
あくまでも私見だけれど、多感な時期に、そういう混沌を経てきた今のクリエイター達が、例えばクールジャパンと称されて、その隅っこで美少女エロゲー製作に精を出す、というような、ある種アダルトな世界の垣根を最初から取り除いてしまっているような所から歩き始めている気がする。
私はエヴァンゲリオンと、その頃に暫く続いた庵野世代を追いかけていたけれど、そこで頻繁にハダカを融合させていくような表現方法に、つい写真時代の面影、みたいなものを感じた。それはきっと、私の中に回路が繋がっているだけで、彼らの中には別の回路があるのだろうけれど、80年代、というバブルというなの罪で語られることの多い時代だけれど、しっかりと文化の苗床でもあった、ということは間違いないと思う、今日この頃。

2013年12月1日

伝説の写真雑誌

少話はずれるけれど、そういうギャップの中でその頃トップを走っていたのは、伝説の「写真時代」だ。アラーキーといえばもう巨匠で知っている人も多いだろうけれど、アラーキーを世に知らしめたのは、私は写真時代だと思っている。ちなみに写真時代のこれまた伝説の編集長、末井さんのエッセイは、私の永遠のバイブルだ。
それはさておき、写真時代は、ぶっちゃけて言うとアートという隠れ蓑で好き放題ヤル雑誌、撮影旅行、と称して綺麗なモデルを温泉に連れて行ってハメ撮りしてしまう雑誌。そして、アート雑誌だから、修正しなくてもOKと平気で言ってしまう雑誌だった。
おそらくそこにポリシーとか、アートかくあるべし、みたいな何かがあるわけではなく、アートだから許される、ということだけを信じていて、やりたいことをやって、結果、あとになって振り返ってみると、あああそこがアートだったんだな、とわかる、ということを実践していたんだろうと思う。
私は写真も美術もわからないけれど、なんとなく、エロだけでは済まない何かをその写真時代、をみていて感じていたけれど、95%は勃起に為にみていた()。またしても昭和のおおらかさをひけらかすことになるけれど、その頃写真時代Jrという、一応ティーン向け?の小さな版の雑誌まであったのだ。
その頃ボムという、あの学研が発行していたアイドル・グラビア雑誌があって、サイズをそれに似せて、表紙を売れっ子アイドルに差し替えて、中はアラーキーのハメ撮り写真、というのがJr。一応エロ本のカテゴリーなんだろうけれど、書店では明星とかと一緒に並んでいて、学生服でも知らんぷりして買えたりしていた、懐かしきあの頃。

2013年11月30日

隙間

の頃もいわゆるエロ本は他にもたくさんあったけれど、アダルトの情報誌、という意味では、オレンジ通信やビデオ・ザ・ワールドあたりが先鞭を付けて、その後くだもの系雑誌、と呼ばれるに多様な雑誌が溢れるようになる。ただ、その二誌が突出していたのは、情報誌だけあって、いわゆるアンダーグラウンド裏事情、みたいなものにまで踏み込んでいたところ。
アンダーグラウンド、と一言で言ってしまう、例えば裏ビデオ、なんていう物は、作品もそうだけれど、それが手に入る過程で、様々な人や組織がかかわっている。その辺をわりと赤裸々に、突っ込んで取材していたり、時には制作者インタビューなんて物が載っていたりしていた。
アダルト情報誌、というカテゴリーは一般的にはエロ本の範疇に入れられてしまうし、まぁ、関東はAV女優のグラビアとか載っているし、18禁だし、というので、間違いではないけれど、実は80年代後半というのは、そういう明確な線引きを曖昧にしてゆくことで、価値観を次々と塗り替える、ということが盛んに行われていた時代で、いわゆる隙間に手を入れこじ開ける、ということでアンダーグラウンドが、カウンターカルチャーの苗床になっていた。
まさにアダルト情報誌、というジャンルは、その隙間に手を入れ、こじ開けたトップランナーだった気がする。お姉ちゃんの裸の横に、ほとんど全身にモザイクをかけられたおそらくヤ○ザ関係者が、制作者とか事情通、とかいってインタビューを受けているわけ。オナニーしたあとのいわゆる賢者タイムに、真面目に読む場所もあった、っていうと言い過ぎなのか?と思う今日この頃。

2013年11月29日

裏ビデオ創成期

から何十年も前、80年代の中頃、私は高校生で、地元の弁当屋でアルバイトをしていた。そこは、すぐ近くに風俗やら飲み屋やらが集まっている歓楽街にあって、そういう店に合わせて深夜3時まで営業していた。高校生を深夜3時まで働かせる、といっても無理矢理やらされていたわけではないけれど、そういうことが許されていたおおらかな時代だった()
弁当屋の隣に、同じ経営者がやっている小さなコンビニ、というか雑貨店があって、経営者が同じだから、アルバイトはしょっちゅう行き来していた。そのコンビニはひとりしか詰めて無くて、食事の時間、となると弁当屋の方から人が代わりにレジに座る、なんてことをやっていた。
私もそういう時に駆り出されて、レジに座っていたんだけど、ほとんど客は来ないし、することもないのでよく売り物の雑誌を読んでいた。その時に手を取るのが、決まってオレンジ通信か、ビデオ・ザ・ワールドだった()。高校生が・・・という話はやめておこう。

時代はちょうどいわゆる裏ビデオ、というものが席巻を始めた頃で、いわばその二誌は、裏ビデオ紹介雑誌、というのを売りにしていた。半年に一度、総集編の増刊を出す、という形態まで似ていた。あくまでも、私の印象だけれど、オレンジ通信はあからさまにその裏ビデオ、という部分を全面に出していて、ビデオ・ザ・ワールドの方は、また同じようにその頃勃興してきたアダルト・ビデオの延長線上に裏ビデオもある、という感じだった気がする今日この頃。

2013年11月28日

ビデオ・ザ・ワールド

うも今年は、閉鎖、ということにつきまとわれているようで、多少話は前後するけれど、DTIブログより前に個人的に衝撃だったのは、ビデオ・ザ・ワールドの廃刊。ついに来たか、という感じではあったけれど、今はもう常態化してはいるけれど、アンダーグラウンド・メディア情報誌としては老舗がつぶれたのは残念だった。
実を言うと、そのことを知ったのは夏の終わり頃で、というのも、私の場合、ビデオ・ザ・ワールドは半年に一度の増刊だけを買っていたから、そろそろそういう時期だな、と思って検索してみたら、廃刊してた。その年の3月にもうそうなっていたって、ずいぶん後になって知ったってこと。
そこからネットで調べてみると、そもそも、6月ぐらいには廃刊が決まっていたんだけれど、警察の手入れがあって3月に早まった、というような事情らしい。6月というのは、きっと増刊分の区切りだろうけれど、つまりは有終の美を飾ろうとして、横槍が入った、って感じなんだろう。
事情はともあれ、どっちみち年内の廃刊は決まっていたことで、時勢、と云ってはなんだけれど、確かにアンダーグラウンドメディアを紹介する媒体も、紹介されるコンテンツも、すっかり様変わりしてしまった、というのに押されての決断だろう。紙媒体、というものが、表裏問わず、衰退していく中で、まだアダルトの分野は生き残る方策はあると思っていたんだけど、と思う今日のこの頃。