ご注意

このサイトはアダルト・サイトです。詳しくはわかりませんが、ご覧の国の律に従って閲覧してください。とりあえず、子供は十年いよ、一昨日来やがれ(笑)。
そして、大変僭越ながら、当ブログは特定秘密保護法案に断固として対します。だって、真っ先にこういうブログがかれそうだから。
そして、2013年末に亡くなられた大瀧詠一さんに心からの悼の意を表します。どうか安らかに。夢は消え、歌は残る。
なお、このブログは定期更新で、且つ、ある程度まとめて原稿を書いて、小出しに更新する、というスタイルでおりますので、多少最新情報から外れることもありますが、その点は気長にお付き合いください。
ですが、何かと不便なのでまとまりのはじめの記事に「直線ち」というラベルを付けるようにしましたので、そこからお読み頂けると、スムーズに楽しめるのでは無いかと思っております。
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2017年2月25日

希望を紡ぐクズ

たような経験を積んだ()、私からすれば、彼女はそこに宗教があって良かったね、とそう思いました。以前からの信仰があったようで、彼女として逃げ場所があったからこその方向転換、とも云えると思います。普通はね、何にもないですよ。何もないから、自分で結論を導き出そうと、考え、悩み、あちこち身体をぶつけながらそれでも、誰かの手を借りてもどうしようもないことだから自分でなんとかしようとする。それがごくごく一般的な人生の蹉跌ですよ。
骨髄ドナーの時も思ったんですけど、なんのトラブルもなく、順調に学校を出て、就職し、結婚して子供を作り、育て老いて死ぬ。一般的にはそれがごく当たり障りのない幸福な人生なんでしょうけれど、自分がドナーになった時に、誰かに希望を与える役割を得る、という経験は、そこに身体のリスクがあったとしても、その当たり障りのない幸福な人生以上に意義のある人生だ、と思いました。自分の幸福のみに邁進した人生と、他人の幸福を考えた人生。
そういう意味で私は、政治家という人達を、世間で言う程批難する気にはなれません。仕事は評価しますが、一定の尊敬の念を持つことは大切なことだと思います。同じように自衛官や、官僚、なんなら検察官や警察も含めて、いわゆる公共の仕事をしている人達を、私たちはもっと尊敬するべきです。まぁ、最も尊敬が感じられないのは、マスコミや国会の中なんですけど。

それと同様に、助け船を持たないで悩み続けて私のように転落する人生と、転落する手前で用意されたように受け皿に落ち着く人生と。どっちが好いとは言いませんけど、いずれにしろ、人は悩むものなんですよ。でも、少なくとも評価は手前で踏みとどまる方がずっと称揚される。転落してしまうと、途端にクズだと言われる。転落して悟る真理だってあるのに、と思いつつ、アアそれもまた射精産業が虐げられている理論と繋がっていると思われる今日この頃。まぁ、好色妻降臨ですけど(笑)

2017年2月24日

全員、片思い

家だなんだと騒がれましたけど、結局両者の間の共通の言語ってお金しかなかったので、突然の方向転換に関わるリスクをどちらが補填するか、という話で解決しそうです。事務所側、教団側、どちらの主張も同じ地平に立っていないので、信じるか信じないかはあなた次第です()、としか言えません。事実だけが積み上がっていくので、つまりは、彼女が方向転換した、という現実だけが残る訳です。
今回宗教が絡んでいる、というのがあって、まぁ、芸能界はかつての統一教会、世間的にはオウムの一連の事件、政治的には日本会議のことがあるので、目立って論評は避けているようですし、お誂え向きにトランプさんや、暗殺事件とかが優先して直ぐにかき消えてくれましたけど。ワイドショーも事件としてはお金の話をするしかなかったので、今ひとつインパクトに欠けていた感じでしょうか。まぁ、人気の点からいっても、微妙な位置の女優さんでしたし()
ただ私的には、彼女のなかなか更新しないブログをブックマークしていたり、もちろん「まれ」も見ていましたよ、大泉洋さんが出ていましたからね。話は面白くなかったですけど、その中で彼女は、映画監督が好んで使いたがる女優さんになるんだろうな、とそんな気がしていて、だからファンとかそういう視点ではなく注目していました。顔は好みじゃないし胸は小さいし、アイドルとしてではなく女優さんとして、です。

そして今回のように、突然の方向転換。実は私も同じ様な経験を何度かやらかしています、出家じゃないですけど。周囲の者からトラブルメーカー的な目を向けられ続けていて、学校を途中で辞めたことから始まって、仕事も専務と喧嘩して辞めたり、女性がらみで仕事ほっぽっちゃったり。トラブルメーカーと言うより、無責任野郎でした。まぁ、その結果が兇状持ちか、と思えば納得できる今日この頃。NHKは強気(笑)

2017年2月23日

ピプルレ騒動

ダルト冬の時代の幕を開けたのは、昨年のAV強要問題辺りからだと思うのですが、それがついに表の芸能界まで波及、というのは全くリンヂ監督の受け売りです。私は彼女の出家騒動を、ピプルレ騒動、と勝手に呼んでいるのですが、その語源はある一定以上の年齢の人しか分からんでしょうね()。昔、ピプルレププレルアー、なんて謳っていた人が同じ様なことで韓国で結婚式を挙げたんですよ。
彼女が出家しようとした理由が取りざたされる中で、やれ人を食うヤツが主人公の映画には出たくなかっただの、みんなの前で水着になるのが恥ずかしかった、男どものオナペットになるのはイヤだった、というような話が出てきました。それに対して、テレビの論調は、気持ちは分かるが仕事は最後までやってから、という結論に終始していて、それはまんま、借金返すまでAVの仕事は辞めさせない、という強要問題と同じ論法だな、と。
事務所側からすれば、自分達が抱えている俳優さん達はみんな、より多くの人に注目されたいと願っているだろうし、それで余裕のある生活が出来れば好いだろうし、と思っていたことでしょう。だから水着になったり、人気マンガが原作の映画に出れば、それは彼女の欲求を満たしつつ事務所も儲かる、という風に考えていたはずです。だから、そうではない考えを突きつけられると、途端に困惑する訳です。

AV女優さんの時も同じ事で、事務所側は誠心誠意、褒めて煽てて仕事を与えて高額ギャラも払って、と至れり尽くせりしていたつもりだったんでしょう。でも、現実はどこかにズレがあった。事務所も把握しきれない何かがあったのは事実でしょうし、女優さんの方も何か思い違いがあったはずです。こういう問題はどちらがどう、という風に肩入れは出来ないものです。そういうことをネット上でも言っていたのはリンヂ監督と伊集院さんだけだった今日この頃。事務所と教団が妥協

2016年11月6日

ズコバコ超乱交

に入れたのは木下さんの後ですが、もう一人、鈴羽みうという女優さん、この方ももう無修正に軸足を移していらっしゃいますが、ワタシはモザイク入りの方を手に入れました。前にも云ったように、やはり無修正は配信、という料金体系が、ピンポイントには向かない、というものが大半なので、その辺Amazonで買える表DVDの方がずっと手に入れやすいと思います。意外なアドバンテージですが。
その木下さん、何がエロいってね、キスがものすごくイヤラシいのです。ワタシが持っているのは、「ズコバコ超乱交」という作品ですが、まぁ次から次へと男優が現れて、オマンコ触らせてあげる、あるいはオチンチン入れる合図のように、先ずはキスをするのです。それがなんだかものすごくエロい。全く積極的でなく、顔が近づいてきたから受け入れる、という感じですが、一度くっつけると当然ベロチュー。
この受け入れている感覚が、多少ロリの入ったお顔と相まって、男の嗜虐感をそそるわけです。もちろんそれは、乱交というシチュエーションや、まぁ誰でも同じようにというわけにはいかないのでしょうが、まさか他人のキスを見て欲情するとは思わなかった()、というのが正直な感想で、且つ驚きでした。それもまた、セックスは挿入だけがセックスではない、ということなんでしょうな。

木下さんに飽きたら鈴羽さん、という二本体勢で、ここのところAVは流れっぱなしなんですが、そうこうしているうちにヤツが来たわけです。一仕事終えて、ホッとしたのか、あるいは何か魔が差した、というより、誰か何か、俺を呪っているヤツがいるんじゃないか?そういう相手には事欠かないからな、と思う間もなく忍び寄ってきたあいつ。実は今もそいつが隣にいる今日この頃。やる気になるね

2016年11月5日

四角いアソコ

少時系列的には前後するのですが、霧島さくら、という女優さんがいらっしゃいます。彼女はすでに無修正も配信されていますが、ワタシはモザイク入りの方を手にれました。単純に顔が好み、というのと、やっぱりおっぱいが大きいというのと、モザイクや無修正との垣根が低くなっていた感覚が、自分の中にあったので、なんとなくですが、お得な総集編を手に入れました。
モザイクと無修正の違い、というとあるかないか、という違いに過ぎないのではないか、という気がするのは、やはり簡単にオマンコが見られる時代、あるいはもう見飽きたほど見た経験のせいでしょうか?モザイクの向こうにあるものは、確かに詳細には分かりません。でも、そう思えばわりとうっすらともう見えている。それで充分なんだな、というのはこの歳になって始めてモザイク入りに目覚めたワタシの正直な感覚です。
無修正で見られるものを、わざわざモザイク越しに見なくても好いじゃないか、というのがこれまでの感覚でした。でも、おそらくそれはある一定の年齢までか、あるいは今の時代、もうあるなしの問題じゃないんだな、と悟りました。やっぱりセックスは、モザイク越しでも、無修正でもセックスはセックスなんですよ。もっと云えばオマンコにオチンチンが入るだけがセックスじゃないんです。

同じ様なことをリンヂ監督も仰ってましたが、そこはセックスの一部なんですね。分かっていたようで、今更ながら気がついたような気がします。もっとも、霧島さくらさんは、ワタシの価値観のブレイクスルーに貢献したというのもあって、その時点ではベストでしたが、木下さんを手に入れてあっさり二番手に落ち着きました。最近はあんまり見てないです()AVというか、性嗜好のそこが罪なところ。熱している時間はそう長続きしない今日この頃。もちろん美しいものもあります

2016年11月4日

破壊女王・木下柚花

体付けても本店の方にはちゃっかり答えが書かれてあったので、何の意味もないですが、その頃、ワタシはズッポリ木下柚花さんに惚れ込んでおりまして、手に入れた総集編DVDをリピート再生していました。最近は、少し前の作品の美味しいところだけを抽出したベスト盤、みたいなものが数多く出ています。しかも、みっちり四時間とか、二枚組八時間とか、三枚組とか。
お手頃感もあるので、そういうものばかり手を出しているのですが、女優さんは別に今が旬とか、そういうことには興味がないので、気になった娘がいればぱっと見の印象で手に入れる、という感じです。奈乃で、木下さんもなんとなく、ネットに上がっている画像が好みだった、というのが最初だったのではないでしょうか?先日、確かこのブログで佐伯某をピックアップしましたが、それのついでに安いモノを、っていう感じでした。
一目逢ったその日から、というのは何かの文句ですが、それに近く、やはり何かのついでに流していてまず、あのオッパイに魅とれてしまいました。ワタシの場合天然か、加工物かは関係ありません。バンと出てボンとあればそれで好い。多少の不自然さには、顔が好みなら拘りはないです。そうです、やはり美人の巨乳には勝てませんよ。人の好みはいろいろですが、オッパイとセットであのご尊顔でもうメロメロです。

オオッと思って以来ほぼ一ヶ月、それからLICKS制作期間中ずっと、もうずっと木下柚花さんのAVに浸りきっています。正確には今も、あの時ほどの熱狂は薄れましたが、何というか、安牌()。美人の裸には無修正も、モザイクも関係ないな、って思います。まぁ、木下さんの方は無修正はありませんが、そういう意味で、ココでも話したような拘りや、些末なセオリーも軽く足蹴にする破壊力を持って私の目に飛び込んできた今日この頃。そういう意味でもど真ん中

2016年9月5日

少子化スパイラル

寛容で複雑な世の中で、恋愛は非常に難しくなっています。その大きな理由は、別れの部分にあるような気がします。恋愛している最中は誰でも世界の幸せを独り占めしたような、そんな感覚にいられますよ。でも、いざ別れが訪れると、修羅場修羅場、だいたい罵りあいになる。そうやって別れても、だいたいどちらかがリスクを背負い込むわけで、それに対するケアもない。これほど恋愛しづらい世の中になっても、どうせ恋愛沙汰でしょ?と軽く見られる。
そういう未来が透けて見えるから、誰も恋愛に手を出さない。恋愛しないから、結婚もない、子供が産まれない、人口が増えない、年金払う人がいなくなる、税金が高くなる、と少子化スパイラルに陥っている。まぁ、お金の問題は政治家の十八番なので多くは語りませんが、そもそも少子化云々いうんだったら、まず恋愛を何とかしろよ、と思う。簡単に言えば、人の恋路を邪魔するな、ってコトです()
一方で少子化大変、結婚してくれよ、と云っておいて、片方で愛があっても高校生とセックスしてはいけないよ、そもそも勃起したら男はみんな魔物、女をセックスの道具としか見ていないんだから、そんな不潔な男の性欲は世の中から抹殺しましょう、なんて。また、いっぱしのレイプ犯を、お母さん捕まえてワーワーやるもんだから、ますます勃起しづらい世の中に拍車が掛かる。

前の相模原の事件もそうだけど、例えば障害者に対する考えに千差万別、思想はあっても好いけれど、それはどうひっくりこけても殺人には繋がらない。あいつはただの殺人者。敢えて言うけど、異常者なのよ。あの芸能人の息子もね、歪な性欲が問題じゃないの。暴力で性欲を満たした、って云う所が罪なの。だから記者会見で、性欲に関する質問は愚問なのよ。で、怖いのはそれを一般市民が許容している、というか無批判で頷いちゃっている所にあると思う今日この頃。蒸し暑い夜が続きます

2016年8月15日

嘘つきのいない国

ちは悪いが精力的にお金にならないことばかりしているしま♪さんです。生きる活力は射精、とばかりに一応エッチなことは考えていますが、前回までの長い話に引き続き、本来の活動の場であるエレクラとして、新曲をレコーディングしました。まだまだ拙い、というか歳を経るごとに拙くなっていくようですが、ぜひ良ければ聴いてください。
これはまぁ、どうっていうことない曲ですので、前回のようにバナーをクリック、というような格好にはしませんけれど、一つご注意を。一応本店の方でも言いましたけど、発表した段階で著作権は発生しているはずですが、別にどこかに管理を依頼しているわけではないので、聴き手の良心にお任せします。まぁ、聴いてどうこうするような酔狂な方が出てくるほどの曲ではないでしょうが、一応。
それに加えて、酔狂なアダルト関係者、及びその制作物、簡単に言えばお姉ちゃんのおっぱいがボロンと出て、何なら日本の法律では見せてはいけないような部分もあからさまにしているような制作物での仕様は、完全フリーです。ご自由にお使いください。希望としましては、隅っこの方でしま♪さんサイコー、ぐらいは付け加えてくれるとうれしいですが、何かに使えそうならどうぞご自由に。

あと、本当に某野党の某総裁候補が、マンガやロリータに寛容ならば、彼女に限って使用はフリーです。選挙戦で声高に私のテーマソングです!ってやっても、大丈夫です()。どうですか皆さん、一位にならなくても、嘘つきのいない国を目指そうではありませんか、バタバタバタバタ、とやってくれても全然かまいません。まぁ、某野党を私はなかなか許す気にはなりませんが、表現に寛容な方ならこそっとバックアップはしたい今日この頃。オレは手の届く所にいるSMAP

2016年8月4日

防衛大臣と寝た男


ックスの最中は男も女も別人格で、快感に取り込まれること自体が非日常なわけです。自分の不祥事も関わっているので軽々に申せませんが、良くリベンジポルノで撮らせなければ良いのに、という意見を聞きますけど、人間は本当の目眩く快楽に取り込まれた時には、すべてに於いて無防備になってしまうモノなのですよ。そういう意見を持つ人の多くが、満足なセックスをしていないんだろうな、と私などは感じてしまいます。
これは前に、私も大好きなある声優さんがAVに出ていたかも?という出来事とも関係があるのですが、私の拙い経験から導かれた一つに、自己表現に長けている人はセックスにも貪欲、というのがあります。もうひとつは、アスリート、特に水泳をやっている人はオマンコの締まりが秀逸、というものです。それはさておき、セックスも一つの身体を張った表現です。人前で歌をうたうことと、男の前で痴態を見せることは同意義なのです。もちろん、男の側も同じです。
自己表現を生業にするか、趣味でも携わっている人、もう少し限定すれば劇団員がそうです。声優さんも、結構多くの方が舞台女優を務めてらっしゃいます。ブームかどうかわかりませんけど、地下アイドルと同じように、採算取れてんの?と思いたくなるほど、東京の方では毎日どこかで演劇が披露されています。そこに出演していらっしゃる方で、メインを張れる方の多くは、自らの肉体を表現の根幹に据えている。

いわばセックスも、貴重な舞台なのです。自らを輝かさせてくれる貴重な舞台なのです。更に云うなら、表情や声で直ぐに反応がわかる。互いに愉しむために執心すれば、まさしく快感は倍加する。それを知るためにも、自分を表現する、その為にセックスをする、ということに長けてくるのだと思います。そこで「陽暉楼」の話にも繋がってきますけれど、AVだって裸になれば済む仕事じゃない。そこはきっちりと自己表現をし、見せる自分を意識してデフォルメし、そしてしっかり報酬も得る。これを表現、あるいは立派な仕事と云わずになんという。政治家に匹敵する職業だと個人的には思う今日この頃。
貴方だけのスタアよ

大丈夫、すべての未来には理由がある。

2016年8月3日

カメラマンさん好き(笑)


る反応の良いエッチな女優さんをメインに据えた「時には表のように」ですが、タイトルの通り、当時に裏に対してオモテビデオというものがあった。今と構図は変わりませんが、未だオモテAVも聡明期。村西御大がガンガンやりまくっていた時期です。表と裏の違いはオマンコが見えているか見えていないか、という以外にそう変化もなかったのですが、裏は無修正という負い目があるのか、オモテビデオを強く意識していたのは当時の特徴でしょう。
多くがそれをドラマ、セックスをする理由、みたいな立て付けの部分でオモテの映像を取り込んでいたのですが、「時には表のように」もその辺は変わりません。実際は、女優と男優兼カメラマン兼監督と二人きりの撮影ですが、一応物語的な、拙い導入部があります。今となっては盗撮していたのに女優が気がついて、という下りもなんだか釈然としないモノを感じますが、とにかくオモテっぽくちゃんと作ってますよ、という前提。
奈乃で編集もちゃんとやってます。固定カメラの限界はありますが、結構ね、これが秀逸。というか、他でもやっているんだろうけど、冒頭のシーンがね、今になって見ればアア~だね、と納得させられる。それは単純に、女優さんが海岸で遊んでいる風景と、セックスシーンを交互にカットバックしているだけなんだけど、それがこの女優さんならではのいい味に仕上がっているのよ。

とにかくギャップが凄い。八十年代の風俗ですけど、まぁ、若い子が着るおしゃれな出で立ちで普通に砂に字を書いたりして遊んでいる。そこにバンバン挟まれるセックスシーンは、ほとんどがその女優さんだけが映っている。それが斯様にもう常軌を逸したぐらいの悶え様で、その表情だけでどんだけ凄いセックスをしているんだ!と興味をそそられる。それがいってみれば日常の中に挟み込まれているのね。それを見た時に、件の「他人のセックスを覗き見る」と云うことに思い当たった今日この頃。
笑ってくれてかまいませんが
大丈夫、すべての未来には理由がある。

2016年8月2日

東京都知事と寝た男


イトごとに特色があるので、そのジャンルに上手く添うことが出来れば好いのだけど、多くのマニアはだいたい女優で選ぶ。女優が複数のサイトに跨がって作品を残すのは常なので、その分利用者には割高感が残るのだ。私が最近モザイク入りの面DVDの方に嵌まっているのも、実はその辺の事情も絡んでいる。無修正は見飽きた、というのもないことはない()
それで更に話を元に戻して、その摘発された業者は、かなりレアな作品を取り扱っていたわけで、貴重な存在だったのだ。今の時代、ネットで何でも手に入ると思ったら大間違い。前の米国運営の大量に在庫を抱えていたサイトと、今回摘発されたサイトを今年の内に失って、日本の無修正映像の文化はかなり絶たれた、と言っても過言ではない。そりゃ警察は万々歳だろうけど、文化を潰したツケはきっと将来やってくるに違いない。
そしてやっと「時のは表のように」のレビューに入ります()。もう忘れているかも知れませんが、私が初めて通販で買った裏ビデオです。ですが、タイトルだけで買ったわけで、もう一度見たい、と思って買ったわけではなかったのね。実際カメラは固定でアングルは悪いし、なんだかいらんシーンは多いし、おっさんはねじり鉢巻きだし()。第一女優さんが顔立ちはともかく、オッパイが微妙でイマイチ好みではなかった。

しかし、この女優さん、一度セックスになるともうコレがスゴい。セックスはあくまでも受け身なんだけど、ひたすら感じまくってあからさまな声を上げて、もうよがってよがって画面から外れる勢い。これがちゃんとカメラマンのいる撮影なら、どんなに素晴らしい映像が撮れたか、と惜しまずには居られない。でも、映像ではなく、音声で興奮できる希有な裏ビデオです。私はもっぱら音声オフで、映像だけ流していますけど、これだけは何度もヘッドフォンで喘ぎ声を聴きながら鑑賞した今日この頃。
新進党だったかも知れません 大丈夫、すべての未来には理由がある。

2016年7月27日

陽暉楼

日文庫にもかかわらずちっちゃい字で四百ページもある「陽暉楼」をやっと読み終えたのですが、あのAV強要事件を見て、業界に否定的な意見を持った層って、結構この時代から感性が先に進んでいないんじゃないか、と思ったのね。「陽暉楼」の舞台は高知、時代はおそらく大正、いわゆる芸者の置屋の話。芸者に売られて借金を抱えて最後は結核で寂しく死んでいく、というストーリー。
これを少し前の時代の女工哀史、的に捉えるか、逞しく女が独り立ちして生きていく様を見るか、私は読者として男ですが、どちらかで評価は変わるだろうな、と思ったな。そして、アダルト業界許すまじ、みたいに思っている人がおそらく、前者の意見に囚われているんじゃないか。たしかに「陽暉楼」の時代はそうだったかも知れないけれど、そうは言っても女の生き方として決して否定されるような世界に描かれているとも思えなかった。
個人的なことを云えば、私の祖母、そして父の姉は、揃って芸者をやっていた。私が物心ついてから、目の前でその場面を見たことはなかったけれど、二人とも三味線やら踊りやら、嬉々としてやっていた。祖母などは九十六の大往生で人生の大半を充分愉しんで死んでいったと思うよ。まぁ、たしかに叔母などは最後は認知症を患った後の孤独死だったけれど、決して不幸な道を歩んできたとは思えない。かなり長く現役でお座敷に出ていたもの。私がギターを始めた時、ウチの親戚は皆、その血筋だ、とか云っていたものだ。

その世界と、アダルトの世界をそのまま重ね合わせることは無謀かも知れないけれど、少なくとも他人を喜ばせる商売というものに、私は憧れるし、その世界で身体張っているんだから尊敬するよ。女優に限らずね。不寛容な社会の根幹は、尊敬というモノの質が変わったことに原因があると思う。変容させたのはバブルでいい気になった私たち世代なんだけど、自責の念を込めても私はアダルト業界に携わる者たちはヤクザも含めて尊敬すると宣言しておく今日この頃。
因果応報大丈夫、すべての未来には理由がある。

2016年3月23日

愛人芸術

論の自由とか、最近も政治家の方が勘違いをなさっているようですが、放送法は言論の自由を守るために作られた法律で、言論に枠を填める法律ではないのです。逆に御上が枠を填めようとするのを防止するために、不偏不党、という言葉が使われているのです。が、それはさておき、表現の自由、言論の自由が問題になる時にも、御上の枠組みと、表現とは別の論点で語られるべきなのです。
というより、例えばろくでなし子さんの場合、それは猥褻ですよ、と言われれば、それは御上が言っているんだから、ハイハイ言ってればイイ。でも、自分が表現として、どうしてもそれでなきゃいけないなら、これからもどんどんやって、また御上に捕まって、なんなら服役して、また出てきて、また表現して。表現者なら、それぐらいでなきゃいけない、と思うのです。
それはアダルトコンテンツの出品者にも言えることで、どんなコンテンツでも人前に出す時には、僅かでもそれは表現なんだと思うのです。だから、表現者である、伝えたいことがある、という意志が前提にあるのが基本で、それを見たい人がいる。だから見せる、見せるのに金を取る。金を取ったら捕まった。でも、それが本当に他人に見せるべきものだという意志があるなら、どこかでそれを突破しないといけない。

実際にそれを突き詰めると、クーデターだテロだ、という話になるのですが、気概という意味でね、その辺の線引きは持っていてほしいのだと思うのです。というか、今はネットもなぜか金儲けの方がずっと席巻していて、お金の論理がじっとりと貼り付いている。私たちが飛びついたネットの世界は、もっと自由な世界だったはずで、裏技でも姑息な手段でも、何でもあって堂々とブレイクスルーが出来ていたのになぁ、と懐かしむ今日この頃。イヤだわ、お乳張っちゃって

2016年3月22日

前衛表現としてのポルノ

純に、アフィリエイトはもう儲かりませんよ、という話をしたかったのだけど、コンテンツそのものが流通するのなら、そこに乗っかるアフィリエイターも出てくるわけで、実際FC2はその辺も上手くやっている。ただ、アフィリエイターの方が、コンテンツを見極めることも出来るし、その辺の目利き競争はよりいっそう激しくなるはず。私は、一応コンテンツ供給側、という立場でいたい願望はありますけれど、傍観者ではどこまでそれが叶うのか()
そこでふと思い出すのが、例の「オマンコ3D事件」。ろくでなし子さんがデータでもそれはわいせつ物、といって刑事事件になった話です。3Dデータがわいせつ物に当たるのかどうか、は私にはわかりません。一度司法に思い知らされた側ですから、法律云々は勝手にやってください、という以外に特にないです。ただ、私が興味があるのは、今後のことです。
ろくでなし子さんが、それはアートである、あるいは自己の表現である、と主張することと、それがわいせつ物である、ということは論点が別です。猥褻を法律的にいかに収斂するか、というのは、別に今に始まったわけではなく、今までも、またこれからもずっと争点として持ち上がってくるでしょう。だからといって、それがどうしても拭い去れない衝動による表現として、オマンコの3Dデータに固執するならば、喩え刑務所に送られようが何しようが、止めるべきではないのです。

例えば、それを日本では売ってはいけません、あるいは配布してはいけません、と御上が申したとして、それは御上の事情で有り、御上が決めた枠組みに過ぎない。それを気にするのは、社会生活の中で折り合いを付けようとする立場のもの、つまり表現としてではなく、表現を生業としよう、という部分であるからです。多少わかりにくいし、表現者と配布者が同一人物という時代ですのでややこしいですが、つまりは、そこを別に考えてほしい、と思う今日この頃。意図せぬ巨乳祭り

2016年1月18日

手コキまけまけ

言しておきますけれど、本人かどうかはわかりません。ただ似ていることは確かです。是非とも現物を見たいとは思っていますけれど、ではそれほど積極的に見たいか、というと、今のNOKKOさんならいざ知らず、当時のNOKKOさんはいくら若くてもねぇ。そういう意味では、裏本の方も、まぁ現物がないので断言は出来ませんが、ほとんどチンピクゼロです。なんとなく痛々しく思えて無理なんです。
多少補足しておくと、その「Nothing to Lose」が発表されたのは、1984年の11月です。疑惑の?一年ですなぁ。それよりも、その「Nothing to Lose」に関して云えば、昔WOWOWで放送されたライブ映像を何とか発掘してくれないか、と思う方が強いです。レベッカは実質最後のライブから一年後に解散し、その節目を開局したばかりのWOWOWの特番で行ったのです。その時に、未だシャケさんがいる頃の「Nothing to Lose」のライブ映像が流れたのです。
当方の不始末により、その時録画したものを無くしてしまったのもあるのですが、今の再結成の一連の番組も、ほとんどWILD&HONEY以降がメインになってまして、ライブ映像が流れるのもほとんど、DVDになっているモノばかりです。貴重なものは実はその前、小暮武彦在籍時に違いなく、そちらを発掘してくれた方がずっとありがたい気がします。なげやりクラブの時の映像とかならもう、おしっこまけまけになってしまいます。

お宝、というにはずいぶん曖昧な話になってしまいましたけれど、結局今になって懐かしむように蒸し返しているのはほとんどネット以前の話で、時代と云えばそれまでですけれど、善い感じに美談になってしまっている。それは悪いことでは無いですけれど、おそらくそこに埋もれた闇はけっこうあるはずで、ついでに云えばネットの登場で淘汰されて忘れ去られたモノも数多くあるはずです。それを酸いも甘いもさらけ出すのは勇気がいりますけれど、実はニーズという意味ではそこら辺にあるのではないかと思う今日この頃。不倫騒動も炎上商法かと

2016年1月17日

宇宙人とパキッ

憶の限りではオレンジ通信だったと想いますが、だとすると旧本なのでリアルタイムではないはずで、下手をすると年単位で遅れている可能性がある。オレンジ通信に裏本「ときめき」が何年何月号で紹介されていたのか知る術がないのですが、おそらくはちょっと後になってから、この話に即して云えばREBECCAがビッグネームになってからその裏本の存在を知ったはずです。
あ、NOKKOさんに似ているな、と思った時にすぐにパキッと思い浮かんだのが、「Nothing to Lose」という曲です。シャケさんのカッティングが効いているアッパーな曲ですけれど、その中の歌詞に「夜の街で遊んでいたら 男たちが金を見せつけた 私を裸にするためさ」という部分があります。私は反射的にこの歌詞を思い出したのです。ちなみに、この後に「冗談じゃない消えちまえ」と続くのですが、目の前の「ときめき」にオヤ?と思うわけです。
NOKKOさんは昔から自分で歌う曲は、自分で書いた歌詞でなければ本気で歌えない、というようなことを言っていて、懐かしのバンドやろうぜ!という雑誌のインタビューで、松本隆さんが書いたモノトーン・ボーイの歌詞が未だに良く分からん、と仰ってました。それを自らの体験と繋げると、なんとなくただ似ているだけ、というには惜しい気がしてくる。ちなみに「Nothing to Lose」の歌詞は、他の人が書いています。

先日REBECCAのドキュメンタリーで過去を振り返って、デビュー前は練習ばかりしていてこの先どうなるんだろう、と先の見えない時間が長く続いた、というようなことを仰ってました。飼い殺しではないのでしょうけれど、芸能界の闇は案外そういう所から醸し出されてくるものです。あくまでも一般人のゲスな邪推ですけれど、食えない時代はいろんな仕事に手を出してしまうものですから、なんてことを考えてしまう今日この頃。職業に貴賎はないからね

2016年1月16日

ロイヤル・ストレートフラッシュ・サルノオナニー

ル秘大全集で見つける前に、確かオレンジ通信を数ヶ月遅れで安価で旧本屋から手に入れる、ということを遣っていた頃にその裏本「トキメキ」を紹介しているのを見かけました。まぁ、ぱっと見、似ているなぁ、とは想います。広く出回っている現在のNOKKOさんよりも、デビュー当時の彼女と比較してみるとよく似ているのがわかります。まぁでも、今でもそうですけど、芸能人に似ている人をアピールするのは裏モノの常套手段でしたから、特に珍しいものではありません。
もっともそれはNOKKOさんに似ている、ということを前面に出しているわけではありません。ちょっと調べてみると、どうやらその裏本は1984年の四月頃に世に出回っていたものです。一方でREBECCAのデビューは同じ年の四月です。まだ後のレッド・ウォーリアーズのシャケさんとかいる頃で、今よりはもっとポップよりはパンクっぽい音をしてた頃です。もちろんド新人で、ヒット曲もありませんでした。
さすがに裏業者さんもその頃にREBECCAと云っても誰も知らなかったでしょう。その一年後になると、ラブ・イズ・Cashで一世を風靡するのでわかりませんけれど、そっくりさんと謂うには未だ早い。加えて、裏本の世界というのは、タイトルを換えたり、ページを入れ替えたりして平気で別の本として出していましたから、この「トキメキ」という本自体、元を正せばかなり旧い本なのかも知れない。

世の中には似ている人が三人いると云われるし、そう言われてみればNOKKOさん本人ではなく、別の誰かにも似ているよ、と云われればそう見えなくもない。更に致命的ですけれど、現物が手元になく、そのコピーものしかないというのが現状。ネットで画像を検索してもどこにも見当たらないし、お宝的に探りを入れてもどうも誰も見向きもしてないようで。しかし、だからといって他人のそら似と捨て置いてしまうにはもったいない理由がある今日この頃。長澤まさみならなおさら子供だって捨てるよ

2016年1月15日

オッパイ・ポロリ

NOKKOさんに憧れているお嬢さんとはたくさん付き合いましたけれど、私が平たく謂ってNOKKOさんでオチンチンが大っきくなることはありませんでした。どちらかというと、苦手な方で前にも云いましたけれど、オッパイがないのが致命的で、当時ライブでオッパイポロリ、なんて写真が出回っていましたけれど、へ~ってな感じで股間を熱くするなんて事も皆無でした。
前にも話した通り、私の高校時代の後半はバンドもその中に含まれますが、もっと女の子大好き、セックスしたくて堪らない、という欲望丸出しだったので、私の裏モノ志向、あるいは爆笑セックス遍歴というモノの傍らにREBECCAも存在していました。コピーバンドの女の子にちょっかいを出す、生徒会長と女の子を取り合っている内に警察沙汰、とか色々ありますが、その傍らにREBECCAも流れていたのです。
そんな中でもっと直接的に、REBECCAが私の裏モノ嗜好と繋がったことがあります。それが、この話の最初に提示した画像です。分かる人が見れば分かる、此れってNOKKOさんじゃね?という一枚です。モノは、今から二十年ほど前に手に入れた「永久保存版・マル秘(元は○に秘)大全集」の中の一ページです。その本は、「危ない愛告白2月号増刊」となっていますけれど、バナナ通信とかその辺の裏モノページを寄せ集めた総集編みたいなモノです。

その本を手に入れた頃にはもは裏モノをメインで紹介する雑誌は衰退していましたけれど、そのほんの少し前までは、バナナやオレンジやらの通信モノ、と呼ばれる雑誌が数多く有り、半年に一度ぐらいのペースでこんな総集編別冊を出していました。その後はもうビデオ・ザ・ワールドぐらいしかまとめ別冊は出さなくなりましたけれど、その頃に出た貴重な復刻本のような趣があった分厚い本の今日この頃。精液に塗れてますけど

2016年1月14日

SMAP再編成

ンド内恋愛が普通になっていたのに、バンド内恋愛が禁止と謂われるというのは、一見矛盾しているようですが、当然と謂えば当然のことです。みんなそれなりに真剣に音楽に熱中していましたけれど、やはりバンドの中を壊すのも恋愛が引き金、ということが多かったのです。ウチはそういうバンドじゃないから、というモノもやはり居ましたけれど、私たちはそこまで真摯に音楽に向き合うことは出来なかったのです。楽しければ善いじゃない?
余談ですが、昨年一番良く効いたCDは年初に申した通り、グリム・スパンキーです。男女二人組が奏でる音楽は懐かしそうで、今時の絶望に裏打ちされた勢いに溢れている。紅白に出ている柔な連中よりはずっと触れれば切れそうな鋭い音をぶちかましていますよ()。そのお二人の関係が、ハッキリと表明はしていないけれど、もう匂いでわかる親密さを醸し出していて、おそらく、きっとそうなんだろうな、と思っています。
詳しくは個別に調べてもらうとして、それはさておき、かなり話が逸れてしまったので整理すると、本来はアーティストに憧れてバンドに繋がっていく、という流れから、女の子とバンドをやりたいから出来る音楽を探す、という風な潮流が生まれてきて、そこにREBECCAが出てきた。みんな此れで公然と、女の子とをバンドに引き入れて、あのかぐわしい香りの中で好きな音楽を奏でる、という幸福にありついたわけです。

つまり、REBECCAは私たちの世代には必然であり、みな欲していたけれど、それはあくまでも自分たちが音楽をやるための方便だった、という側面があるのです。当然、音楽に弾かれるのは自分で奏でてから、ということになります。音楽を聴いて此れイイ曲、ではなく、演奏しているウチに、此れってイイ曲だね、と心に沁みる、ということが多くなってきたのです。当然、そのメンバーに視線が向くのも後の方になり、つまりNOKKOさんに男の私が憧れる、ということも結局REBECCAのコピーに熱中していた頃には訪れなかった今日この頃。しかも半ば犯罪者扱い

2016年1月13日

柔らかな優しい世界

REBECCAがもっとも人気があった80年代後半は、一生懸命コピーしていましたけれど、バンド自体に思い入れがあったか?というとそうでもなかったです。あの頃はイカ天で爆発するバンドブームが起きる少し前で、ロックが不良の音楽からやっと脱却できた頃です。当時高校生だった私たちは、半分はスケベ心を持ってギターやドラムを演奏していました。上手くなるのは二の次、モテたらイイや、が最もバンドのモチベーションを維持していたのです。
ただ、私たちの世代はかなり男女の仲が親密になっていて、舞台の上の男の子を見つめる女の子、という構図から、ステージの上で男女がいっしょに演奏する時代へと変遷していました。それの先鞭を付けたのが、REBECCAで有り、その後にリンドバーグやジュディー・アンド・マリーが出てきて、女性ボーカルの時代が来るのです。バンドが男達の汗臭いモノから、女性を含めた柔らかな優しい世界へと変わってきたのです。
端境期にあったREBECCAをコピーバンドとして下支えした時代の私たちですけれど、今の世代のバンドを見ると、またちょっとした違和感があります。私たちの頃はそれでもバンドの中の女性のパートはボーカルか、キーボードでした。それが今はガールズバンドでなくても、ドラマーやベーシストまで女性が担当しています。それは時代の流れから謂えば当然なのですが、私たちが大事に抱えていた価値観からは、また少し先に進んでいるような気がします。

それは、私たちは結局バンドをやって女の子にモテようとするのではなく、バンド内で彼女を見つける、あるいは恋人といっしょにバンドを組む、というのが普通に行われるようになっていたのです。そういうバンド内の雰囲気からも、また今のバンド内事情は変わっているのではないか、あるいはもう普通にそうなっているのでは無いかと思うのです。昔はバンド内恋愛禁止、なんてい普通にいわれていたモノですけど、今はきっとその辺曖昧になっているに違いないと思う今日この頃。ロックの生まれた日でのこと