ご注意

このサイトはアダルト・サイトです。詳しくはわかりませんが、ご覧の国の律に従って閲覧してください。とりあえず、子供は十年いよ、一昨日来やがれ(笑)。
そして、大変僭越ながら、当ブログは特定秘密保護法案に断固として対します。だって、真っ先にこういうブログがかれそうだから。
そして、2013年末に亡くなられた大瀧詠一さんに心からの悼の意を表します。どうか安らかに。夢は消え、歌は残る。
なお、このブログは定期更新で、且つ、ある程度まとめて原稿を書いて、小出しに更新する、というスタイルでおりますので、多少最新情報から外れることもありますが、その点は気長にお付き合いください。
ですが、何かと不便なのでまとまりのはじめの記事に「直線ち」というラベルを付けるようにしましたので、そこからお読み頂けると、スムーズに楽しめるのでは無いかと思っております。
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2017年7月10日

シリーズ 騎乗位を考える(20) 恋のまな板

後に、騎乗位の場合、完全に女性に委ねるというのもあまり芸が無い。主導権は放棄した男性がとるべき道は、どちらかというとサポート、となります。昨日の体位変化だって、女性だけに身を任せるより、男性の介助があれば成功率はグッと高くなっていきます。いずれにしろ、男性は寝転がっているので楽ではあるけれど、コントロールがきく範囲が狭い、ということです。
騎乗位でも男性の方が腰を浮かせて、女性を突き上げることも多々あるけれど、往々にして女性とのタイミングが合わずに快感が浅くなってしまいます。騎乗位は女性の自由度が高い。奈乃であくまでも女性の動きに、男性が合わせるのが基本です。突き上げて、女性をフワフワと飛び跳ねさせるのも一興ですが、それよりは女性の動きがどのようなモノで、そこからどんな快感を貪っているかを観察する方が、余裕も落ち着きももたらしてより深い結びつきが期待できるような気がします。
私が良くやるのは、女性が上下に動いているときに、股間に指を置いて、クリトリスに触れることだ。女性が浮くときは離れ、腰を落とした時に触れる。それが自然と、弾くような動きになり、触れる度に女性が悶えてまた新たな身体の動きをもたらして、見ていると飽きません。背面の時はアヌスを弄り回したりする。余談ですが、対面はもちろん乳房やクリトリスに距離は近いですが、愛撫するなら背面の方が無理がない、という面があります。

いずれにしろ、男性が伸ばす手はあくまでもサポート。女性が貪る快感の介助に徹するのが良い。逆に、女性が騎乗位の時男がマグロになる、と憤るのは、まだセックスが男性主導であるという固定観念から抜け出せない、それは女性の思い過ごしによるところが多いのでしょう。それに迎合して男性がひたすら突きまくる、という時代でも無くなったのだから、その辺は男女それぞれが、お互いのせいを見つめ合い、高め合い、コミュニケーションの果てのセックスを想像して欲しい気がする今日この頃。多少冷夏なんですかね

2017年7月9日

シリーズ 騎乗位を考える(19) アクロバティック・メソッド

想的な射精の導き方の基本は、緩急を付け、最後は急で終わることです。ではその緩の部分について、もうひとつ付け加えておきましょう。騎乗位での体位変化について、対面から背面へ、あるいはその逆を女性が主導で行う、ちょっとアクロバティックな回転わざについてのレクチャーです。例題として背面から対面へ、を話してみますが、逆でもそう変わりはありません。身体が柔らかいかどうかも、まぁ、アドバンテージはあるでしょうがそれほど違いはないと思われます。
手順はそれほど難しくは無いです。オチンチンが抜けないことに細心の注意を払いさえすれば、幾らか手順が変わってもさほど不都合はありません。具体的にすすめると、まず背面騎乗位の女性の左足をまず前に出す。それを男性の左足の上を乗り越えて足の間に左足を置く。自然と身体がやや右の方に向く。そのままか移動しながら左足を動かし、男性の右足を越える。越えるときに、最小限腰を浮かせる程度で収めることが、オチンチンが抜けない極意です。
ココまで来ると、おそらく左足を投げ出し、右足はヒザを曲げたような状態になっているはずです。そこで一度左足を曲げ、足の裏を着け、その状態で身体を上下に動かす。小休止ですが、そこでただ休むよりは、それも新たな体位のバリエーションとして快感を貪った方がイイ。そこから、やや足を大胆に開くようにして右足を動かし、男性の身体の上を越える。その時右足を勢いを付けてさっと飛び越えさせるか、あるいは身体の上を滑らせるようにするか。

自信の無いときは、繋がっている部分に体重をかけて滑らせた方が無難です。その時男性はヒザを立てて彼女の身体を支えてやると良いのですが、あまり身体が立ちすぎると、右足の動きがぎごちなくなるので、仰向けにならない程度に支えるぐらいがちょうど好い。右足が乗り越えられれば、その勢いで左足の膝が曲がり、対面騎乗の格好になっているはず。これは思うよりも、割りと簡単だし、オマンコの中でオチンチンが擦れる感触が男女ともに快感を伴うので、ぜひとチャレンジして欲しいと思う今日この頃。宇良裏返し

2017年7月8日

シリーズ 騎乗位を考える(18) 射精介護

ランスから言って、やはり射精に導くには身体を垂直にした方がよさそうです。このとき膝立ちよりも、いわゆるM字に足を開き、相撲の蹲踞のような格好で足を開き、ヒザを立てる方が女性はコントロールがしやすい。ヒザは前に出しても横に開いてもいいけれど、足の裏で踏ん張れるので、身体の自由が効く。手を前に出して男の胸や肩に置いても、下腹部は自由に動くので、先程の前傾姿勢よりはずっとストロークが豊かになる。
ただし、女性のバランスが心許なくなるのは事実なので、その時は男性がサポートするのが賢明です。動きの支点となるヒザに手を触れてバランスをとるのを助けるか、尻を下から抱え女性のピストンを促すのがちょうど良い。私は時々、M字に開いた足の足首を握ってやることがある。バランス面からはあまり好サポートではないけれど、ちょっと女性を拘束した気分になれるので、興奮の度合いが増す。
その格好で、女性は上下に動く。イメージとしてはパンタグラフか、蛇腹みたいな感覚。ストロークの点で言えば、騎乗位ではこれが最高の自由度がある。女性の身体能力にもかかってくるけれど、スピードコントロールもおそらく最も最適で、疲れたらそのまま腰を落としてしまえば好い。すると多少はしたない格好にはなる。いわゆるウンコ座り、という座り方になるのだが、セックスの時はそのはしたなさが興奮を誘うことがままあるのだ。

理想を言えば、ヒザを突いた状態で前後左右に腰を振ってなだらかに高まっていき、足の裏をつけた上下運動で最終的に導かれるのが最も気持ちよくイケるような気がする。この辺は好みの問題なので、一概には言えない。だが、女性の方が自由に導く術を手に入れるのは決して悪いことでは無い。射精コントロールは男性が第一義だが、それを女性の方でもある程度サポートできることも知って於いて欲しい今日この頃。女性の薄着はいいのですが

2017年7月7日

シリーズ 騎乗位を考える(17) 見て見てサンタモニカ

きに関して背面、対面の区別はないように思われますが、おそらく当たり方の違い、という意味では女性には変化があるように思えます。では男性を射精に導くのに適した動きは、というとやはり上下運動につきます。私は基本的に、騎乗位で女性にイかせてもらうのが大好きですが、当然避妊のことを考えるとコンドームが必須となります。まぁ、射精は征服欲の終着点みたいなモノですので、やはり確認したいという願望もあるのでそれは快楽のみ、という結末ですが。
男は考えてみると単純で、オチンチンを擦ることでしか射精に至りません。動きはほぼ一方向で、言い換えればそれさえやってればいつかはイクのです。騎乗位の場合で当てはめると、やはり上下運動、ということになります。更にストロークが長く、早いほど射精に導きやすい。余談ですが、射精をコントロールしたければその逆とのバランスをとればいい。そこを女性も理解するとお互いに楽しめるのではないかと思います。
そうするとヒザを支点にすると、ややストロークに難がある。前傾姿勢は、オチンチンの勃起に対して角度を沿わせることになるので、最もスムーズに動く代わりに引っかかりが少ないので、射精感が乏しくなるのです。すると上半身を垂直にするか、対面の場合後ろにのけぞって角度を付けるとオチンチンの戻ろうとする力で、引っかかりは強くなる。ただしのけぞりすぎると、逆に繋がりが浅くなり抜けやすくなる。

この辺のバランスはやりながらコントロールする以外は無いけれど、対面騎乗位で身体をのけぞらせると、それはそのまま結合部分を露わにすることに繋がり、それは男の目を楽しませることになる。女性がそこを指で開いて位やったりすると、更に扇情的。そうやって腰を動かし、思わず抜けたところで射精、というのが気持ちいいのかも知れないけれど、その場合放ったザーメンは全部男性に降りかかる今日この頃。まぁ、私にも関係ないんですが

2017年7月5日

シリーズ 騎乗位を考える(15) たまには小休止

性が上下に動くとき、多くの女性はヒザを突いて、屈伸運動で身体を上下させます。身体を垂直に上下させることになるのがほとんど。これに変化を付けるとなると、手を前について、やや斜めに上下する。この場合上下というよりやや前後に動く、という方が的確かも知れない。手の位置は、男性の顔の横か、肩、あるいは胸に押し当てる格好。ここでも動きの中心は膝の屈伸ですが、上半身の重みも加わって、身体全体を前後に揺するような格好になります。
上半身を動かす場合、当然乳房も一緒に揺れることになります。これが豊満な乳房だと、それで男の目を楽しませることも可能。乳房が揺れることが、どれほど女性に快感をもたらすかは不明ですが、全く感じない、ということは無いのではないでしょうか?もっとも、騎乗位は女性が主導権を握る、というのは、つまり見せ方も工夫できるということですので、その点充分にバリエーションの余地はあります。
ただ、これが上手くいかないと、なんだか身体は随分揺れるんだけど、全然気持ちよくない、ということがままあります。特に前傾姿勢の場合、身体を前後でなく、その格好で上下に動かすと上半身だけが揺れて、肝心の結合部分の前後運動が少ない、ということになってしまいます。そういう時はいくらおっぱいが揺れても意味はありません。くれぐれも、結合部分のストロークを念頭に置いて、上半身の動きを考えましょう。

これが更に前傾姿勢になり、男性に覆い被さることになると、今度は完全に前後の動きになります。おっぱいを男の胸板に擦りつけるような動作になり、それはそれでまた新たな接触が快感を呼びます。ただ、ここまで行くと、男性も一緒ですが、前後の動きは必然的にストロークが短くなります。ヒザを視点にすると、どうしても横から見て腰が山なりに動くせいです。余程熟練しないと、スピードも遅くなりますし、どちらかというと小休止、というような動きに最適だと思う今日この頃。梅雨前線の影響でしょうか

2017年7月4日

シリーズ 騎乗位を考える(14) 上から参りまーす

がまたもあらぬ方向に行ってしまいましたが、背面騎乗位に関してもうひとつ付け加えておかなければいけないのは、それが後ろから貫かれるという形状ゆえの、新たな快感、というモノがある、ということです。まぁ。普段とは違うところがくすぐられる、擦られる、ということです。更に、体重をすべて集中できることで、より深く繋がることが出来ることでもあるのです。
女性の快感は、高まると同時に子宮が下がってくることでより大きくなります。何かの本の受け売りですが、名器と呼ばれるオマンコの肉の蠢きも、それと密接に関わっているそうで、まるでオチンチンを握られ、擦り揚げられるような肉の動きをもたらすのは、まさに子宮が下がって、より妊娠しやすくなる状況が、そうさせるらしいのです。言い換えれば、オチンチンが子宮に近づけば近づくほど、新たな快感も深まる、ということになります。
おそらく、この話を長々と付き合ってくれている方々は、オイオイ繋がっているだけではセックスとは言えんぞ、と焦れていらっしゃるでしょうが、ハイようやく、ピストンを伴う動きの話に入ります()。もう一度再確認で、騎乗位は女性が主導権を握っている。必然、この体位での動きを考察するには、女性がどう動くか、メインテーマになってきます。

おおざっぱに分けて、騎乗位での女性の動きはタテ方向と前後方向の二つ、あるいはその合わせ技、ということになるのではないでしょうか。先ずは最もわかりやすい、タテ方向の動き。これは男性のピストンを、攻守所を換えて行う、ということでもあります。具体的には、女性が腰を浮かし、続いて腰を落とし、を繰り返すことです。必然的に、オチンチンはこの場合上下に擦られ、扱かれる格好になります。ストロークは女性の腰の上下幅となるのですが、このとき、男性のオチンチンの形状と長さを念頭に置かないと、先っぽだけを擦ることになったり、あるいは不意に抜けてしまうという事態を招く今日この頃。地球、夏の大型アップデート

2017年7月3日

シリーズ 騎乗位を考える(13) リベンジポルノを喜んでいるのは誰だ?

性が最も淫らに乱れている姿を収めるには、ではどうするか。手が伸ばせない以上、そちらにカメラを置いておくしか方法はありません。ただ、画像を撮るデジカメの場合、シャッターを遠隔操作しなくてはいけなく、それは安物のコンデジではまず不可能です。タイマーとかを駆使して、といってもまぁ、想像してみれば分かるでしょう。タイマーセットして、ベッドに戻って彼女を上に乗せている、なんて間に合いませんし、興奮も途切れてしまうってモノです。
そうなると、動画の方にアドバンテージがありますが、モニタリングをきちんとしておかないと、やたらと画面の端の方で写っているだけで、無駄な空間がぽっかり空いている、またそこにピントが合っちゃって大事なところがピンボケとか。何より、セックスしている最中に、テレビ画面の方ばかり気にしているのもなんだか、没頭とはかけ離れているようで、相当な鍛錬が必要でしょう。この辺、ハメ撮りの難しいところです。
結局、最もスムーズな方法は、他人に撮ってもらう、ということです。あるいは他人とセックスしてもらって、自分は撮影者に徹する。このどちらかです。何れも本末転倒、というべき問題を孕んでいますが、逆に、そこまで行ったら大したものです。このリベンジポルノの喧しい時代にあっても、撮り撮られの関係が継続していること自体、これほどの信頼関係の構築は神がかっています。その愛の強さこそ、賞賛に与えるべきです。

つまり、背面騎乗位というのは、最も女性が没頭にするに容易な体位ですが、それが晒されているのは実は、相手の男性ではなく、言ってみれば見えざる観客に向けてである、ということになるのです。そこに撮影が絡んでいるかどうかは関係なく、その時女性は、紛うことなき淫靡な女優である、ということです。私はそのことを、最も賞賛したいと思いますし、だからこそ、表現者としての本能のようなモノを女性は誰もが持ち合わせていることに驚愕する今日この頃。その種は小泉純一郎が蒔いた

2017年7月2日

シリーズ 騎乗位を考える(12) リベンジポルノのための背面騎乗位

面騎乗位は、こと男女の仲の中では微妙な位置を占めていることになりますが、ちゃんとした利点もあります。それは視点を変えて、そのままの状態で、視点を反対側に向けてください。そこがラブホテルで、全面鏡張りのような場所なら、少し顔を上げて彼女の姿を鏡越しに見てみてください。そうです、そこには彼女しか写っていない。つまり、セックスの最中の女性のみがそこに存在している、という状態なのです。
前にここでも言いましたが、下半身さえあれば善いと歌ったのはクラウザー閣下ですが、それは女性ではなく、男性のことをいっている気がします。昔の裏ビデオを見ていると、不必要に男の顔が邪魔をしたり、男の尻の方が大きく写っていたり、とかく男の存在が邪魔な時があります。人ぞれぞれではあると思いますが、そこに自分の顔があっても時には邪魔になるときだってあるものです。その懸念を払拭できるのが、まさに背面騎乗位の状態です。
その効果を確認するには、鏡に映った姿を見るか、最も良いのは男の足の方からカメラを向けてみることです。後で再生する画像でも映像でも一緒ですが、そこに写っているのは女性のみです。しかも股間にはズッポリオチンチンをくわえ込んでいる。最も淫らで扇情的な姿と思われるものが、そこに女性単体で写っているのです。

さてそこで少し話が逸れますが、好みもあるでしょうが、そういうエロい状態を映像か動画に残そうとしても、簡単にはいきません。倫理的なことはさておき、技術面で困難が伴います。わかりきったことですが、どこぞのゴム人間でもない限り、カメラを自分で構えていて、背面騎乗位の女性の正面を写すことは不可能です。あなたの手にカメラがある限り、アナタが写せるのは、彼女の尻や背中だけです。まぁ、それも悪くは無いですが、さっき云った最もエロい彼女の姿は写せないのです。余談ですが、それを気にしたわけではないですが、ある女性は、私が背中からカメラを構えたとき、アヌスに指を挿れて掻き回す、という扇情的なポーズを取ってくれて、それはそれでなかなか興奮する画像が残っている今日この頃。地溝帯の罠

2017年6月27日

シリーズ 騎乗位を考える(7) 正座でピストン

えてみると、まぁ、いきなり騎乗位、という状況は別ですが、対面にスムーズに移る格好は限られているのかも知れません。では一方の背面に思考を移動しましょう。背面に移る前の体位で一番スムーズなのは、バック、ということになります。移動過程は対面の時と全く同じで、バックから背面座位に移って、そのまま男が仰向けになって完成。ただ、バックから座位になるときに注意が必要です。それは足の位置です。
バックのスタンダードは、女性が四つん這いになり、その腰を抱えながら、オチンチンを突き刺す。この状態の足の状態は、その高さの関係でほぼ間違いなく膝立ちでしょう。まぁ、相撲の蹲踞か、キャッチャーの構えのように足を開いて、足の裏を着けている場合もありますが、それは相当足に負担がかかるアスリート体位です。普通は膝立ちで、そのヒザを支点に腰をガクガクさせるというのがレギュラーではないでしょうか?
ではその膝立ちから、女性を抱え、後ろに倒れ込もうとすると、尻が地面に付いたときは正座したような格好になります。そのまま男性が仰向けに倒れてしまうと、正座したまま仰向けに倒れるというかなり過酷な姿になってしまいます。身体の柔らかい人ならともかく、これは結構キツいストレッチです。当然それを避けるために、座位になる過程で、足を前に出し、ヒザを解放させてやらなければいけません。

すると、タイミングにもよりますが、普通の人は右足出して、左足出して、と交互に足を運ぶはず。するとどういうことになるか、というと、女性は抱え上げられながら、右に左に、男性が足を出す隙間分、揺すぶられる、ということです。繋がったままですと、そのタイミングで、抜ける恐れがありますし、最悪、女性がバランスを崩して転倒、あるいはそのまま転がってしまうという危険が潜んでいまる今日この頃。二十九連勝は凄い

2017年6月26日

シリーズ 騎乗位を考える(6) ガバッとメント

をかけて体位チェンジ、というのは、人によっては恥ずかしいモノでして、私なんかは、上に乗ってくれる、なんて言うのが照れる方です。イヤ、といわれた経験はありませんが、考えてみれば、そういう場合もなきにしもあらず。ただ、男の側がいつも主導権を握る場合ばかりでもなく、最初に言ったように騎乗位は女性の側に委ねる、というのが最もスマートな格好なのです。
つまり、女性の側が上に乗っていい?と尋ねられる場合がある、ということです。正しこれは、諸刃の刃。後の話にも繋がってきますが、その時対面になるか、背面になるかで、その女性の心持ちが透けてしまう、ということもあるのです。コレはちょっと長くなりそうなので、後に回します。その前に、セックスの最中に対面になる状況、をもう少し考えておきましょう。
正常位からの流れの他は、フェラチオしているもらっているところを、女性の脇の下に手を差し伸べて引っ張り上げ、そのまま男の上にのっける、という流れ。このときは、すでに男性が仰向けになっているので、女性が男性の上を這っていくことになる。このとき、おっぱいが肌に触れたり、擦ったりしてこの微妙な接触が心地よかったりします。フェラチオから騎乗位、ならカーセックスの時も有効です。運転席に男性、助手席が女性、というのがまぁ、口説くときの普通の位置関係でしょう。

まぁ、助手席に向けてガバッと、という場合もありますが、すでに親密な関係なら、その前に男性のオチンチンをフェラチオ、というのも割りとある状況です。そのまま引っ張り上げ、抱えるようにして繋がる。まぁこの場合、シートがフルフラットになるとは限らないので、幾らか座位の範疇に入りそうですが、なるべくシートを後ろに倒して騎乗位の基本を確保しましょう。ハンドルとのクリアランスも確保しないといけないですし、そうなるとより、騎乗位の基本に忠実であることが求められる今日この頃。長野西部地震を忘れるな

2017年6月25日

シリーズ 騎乗位を考える(5) 仰向けI'm Sorry

少話が逸れましたが、つまり騎乗位には、対面と背面という二種類がある、ということです。それを仰向けになった男性目線からちょっと考えてみました。それではもう少し踏み込んで、いかな理由で対面になるか、背面になるか、ということを考えてみましょう。それは基本的に、その前の体位、あるいは状況が鍵を握っています。
セックスの最中なら、対面になる可能性が一番高いのは、正常位から男性が女性を抱え上げ、座位になってからそのまま男が後ろ向きに倒れて、という流れの場合、女性は対面で上に乗っかることになります。これは基本的に、女性はセックスの時は男の顔を見たがる、目と目が合うことが出来る状況というのは、女性にある種の安心感をもたらします。もちろん見られるのは恥ずかしいので目を閉じていても、目を開ければそこに男性の顔が確認できる、という状況が安心感を持続させるのです。
一つ注意しなければいけないのは、座位まではいいですが、男が仰向けになる場合、距離を誤ると、後頭部を何かにぶつける、という危険があることです。まぁ、背中がベッドの宮台に当たる、とかそのぐらいならいいですが、宮台の角に後頭部をぶつけると、最悪の場合命の危険もあります。くれぐれも注意しましょう。まぁ、当たるものがある場合だけでなく、逆にベッドの端で仰向けになってそのまま上半身が、ベッドからはみ出し、逆さまに床に滑り落ち、さながらウォータースライダーのように女性がその上を滑っていく、という危険な事故も想定できますので、くれぐれも背後の状況には気を配るようにしましょう。

律儀な人は、正常位→座位→騎乗位、という縦回転の流れの中で、巧妙に横方向に回転し常に頭は枕の上、という小技を繰り出す人もいます。まぁ、それぐらいの余裕を持って体位変換はするのが妥当ですが、セックスの最中というのは没頭するのが基本ですから、そうも言ってられない。そういう場合は、無理をせず、一度結合を解いて、男が仰向けに寝そべった後、おいで、と女性に一声かけて上に乗ってもらうのが良策かと思う今日この頃。華は散る運命とは言え

2017年2月20日

全部、言うテまうからねっ

NHKの番組の話に戻ると、結局LGBTを世間に認知させる努力、というのは、素直な自分をさらけ出すことの大切さ、嘘偽りなく生きることの大切さ、的な結論に達する訳だけど、まぁ、NHKとしてはそういう大義名分がないと番組としては成り立たないわな()。でも、考えてみれば性癖を番組の中心に据える、というのは結構冒険だな、と見ていて気がついた。例のおっぱいに見えるボロンが、平気で画面に映ったのを見て初めてそう思ったのだ。
裸の仕事、あるいは射精産業に携わるものの肩身の狭さとそれは共通する、という私の思いが正解ならば、案外昨今のAVへの締め付けは、NHKがブレイク・スルーさせるかも、と期待を込めてその時に思ったのだ。さっきも言ったように、今の不寛容が蔓延する時代は、自分を晒すことが難しい社会の到来でもある。以前よりもずっと、他とは違う個を披瀝することにリスクが伴う時代になってきた、と言い換えることが出来る。
それを突破するにはまず、周囲の評価を恐れずに自らをさらけ出すことだ、という論法を用いるなら、最も分かりやすいものがいわゆる「性癖」だ。そこに人権的潮流として、LGBTの解放というものが世界的に台頭してきている。それがもっと進めば、裸の職業、射精産業というものも、もっと世間的に認知されても好いような気がする。もちろんそれは私の大いなる期待も込めているけれど、価値観の多様性に寛容になるには、先ずはエロでしょ、それが一番わかりやすい。

それは裏を返せば、性癖に纏わることは、アダルトだエロだという言葉の裏に潜む差別意識、偏見が未だ色濃く息づいている、ということに他ならない。センセーショナルな部分で視聴者を惹きつける民放は事件を追いたがるけれど、不偏が持ち味のNHKなら、その深層に横たわる人権意識を前面に押し出せる気がする。それが副産物として、アダルトの世界をひとつのアートの領域まで持ち上げてくれるような気がする今日この頃。オカズにして抜いてやろうぜ

2017年2月19日

裸の詩

を張って出来る職業ではない、というような、いつの間にか自分の中に芽生えた抑制が、昨今のAVへの締め付けのような時流が生まれると、結果としてどうしても卑屈になってしまう。出来ることなら私は、そういうことはないんだよ、喩え公衆の面前で恥ずかしい部分をおおっぴらにしても、堂々としていて好いのだよ、ということをまるで細やかな試みではあるけれど、精一杯大きな声では言いたいと思う。
私は趣味で音楽をやっているけれど、どんなに曲を作ったりギターを弾いたり、パソコンでレコーディングソフトを操ったりしても、結局はボーカリストには叶わない、といつも思っている。それはまぁ、私が人に聴かせるほど歌が上手くない、というかメンバーに止められている、というのもあるけれど、何よりボーカリストはその肉体、声ひとつで勝負しているところが決定的に違っているのだ。
私なんぞは結局、楽器を手にしないと自分をさらけ出すことが出来ないのだ。ギターやドラムといった武器を装備しないと、戦うことが出来ない。その点ボーカリストは、声以外に逃げ場所がない。それだけで、もうスゴいことだと思うのだ。最近はボーカルグループ、といっても機械で弄ったり、やれダンスだなんだとプラスアルファで売っている者も多いけれど、それでも歌っている以上、声という裸の肉体からは逃れられない。

表現の中で、肉体から発するプリミティブな輝き以上に貴重なものはない。AVの仕事はまさしく、裸の仕事だから嘘偽りの入り込む余地が極力削られる。昨今、画像処理技術でいくらパッケージを美人に作っても、セックスしている時の顔を撮られたらもうそれ以上隠すことは出来ないのだ。そういうことが出来る、という勇気は充分誇りを持って好いことだと私は思うのだ。そう簡単に他人には真似できないからこそ、矜持は高くそびえ立つと確信する今日この頃。たまには俺にまかせな!

2016年12月30日

童貞すべり

ば私の中では無修正に手を出す、という時代が終わったのかな、という気にさえなっています。正直、自分でアフィリエイトやって於いて言うのもなんですけど、無修正は壁にぶち当たって面白くなくなっている。そこを打破しようとして、幾らか過激な方に針が振れるのは仕方がないけれど、どこかそれは危うすぎて自分で自分の首を絞めているような。あのもっと密やかな、唸るような趣が少なくなってしまったなぁ、という気がするのです。
その反動ではないですけど、生まれて初めて、でもないですけどDVDとして初めて、アダルトビデオ、という者に嵌まった。ココで前に話しましたけど、私の初めてのポルノは無修正だった、という経験のおかげで、幾らか達観というか今更モザイク入りなんて、という先入観がありました。が、それがなんとなく、自分の視界を狭くしているような気がして、ちょうど良いきっかけ、と思って手を出したのが、麻美ゆまさんの作品でした。
今はお手軽に、また安価で長時間の総集編みたいな物がたくさん出ている。女の子は綺麗で、じっくり楽しめる。わざわざ危険を冒して無修正ばかり漁っているよりはずっと、安全に楽しめる。モザイクが性的興奮を貶める、なんて思い込みは、全く間違いだったと今更ながら目から鱗が落ちる思い。すると果たして何が、私の琴線を振るわせるのか、というまた別の疑問も出てきますが、それはさておき、充分モザイク入りでも楽しめる、というコトに気がついたのが、今年一番の収穫でした。

そういう意味では今年は久しぶりに、アダルトに関して自分の中のブレイクスルーの年ではあったわけです。おかげでたくさんのインスピレーションも湧いて、ココもわりと頻繁に更新することが出来た。まだまだ私の中に幾つかの「縛り」はあるのですが、それを解きほぐしていく糸口も、仄かに見えているような気がします。そして、このブログを更新しているおかげで、もうひとつの今年のエポックが、訪れました、今年最後の更新はそのことについてバリッと語ろうと思う今日この頃。きっと来年も訃報は続くでしょう

2016年11月10日

トランプ・マジック

んなこんなで、まぁ、最近はいろんなことがあって精力減退気味、という報告でした。今年の目標の中には、一年間の読書目標、なんかもありまして、今年は八十冊、を目標にしているのですが、マンガ以外、という制約を着けてかなり手こずっています。もっとも、去年まではマンガも含めて百二十冊、とか云っていたので、かなりごまかしていたのですが。
その中にもちろん、師匠の作品も入ってまして、本当は全部読んでからの方が良かったのですが、手に入れていないものも含めて、今度今度といっていたらいつまで経っても先に進まないので、今回がっつり土台を作ったというわけです。それで最近、すらっと読めるもの、という感じで新書とか、そしてなるべくエッチな気分になるもの、という肝心で積ん読を漁っているのですが、官能小説以外でエロ事を物したものは、なかなか簡単には昂揚してはくれませんな。
やはり自分が気に入るシチュエーションで、思いのままに、というのが結局妄想になり、それを言葉にすると、自然と表現に繋がっていけばいいのですが。でも結局、表現は強烈な欲望をしならせる衝動が事の発端ですから、あながち間違いでもないのです。しかしやはり、その欲望も、健全な肉体にしか宿らない()。すると結論は自ずと見えてくる。

セックスに纏わるエロ事は、基本的に健全なものなのです。それを、公序良俗がどうしたとかこうしたとか、横やりを入れるのはいかがなものか。勃起は全く不健全ではないし、それがもたらすものが刹那の快楽だけではない、と私は今後ともそう言い続け、そう活動し続けていこう、という思いを新たにしました。今までいろんなコトをフィクスするように心がけていたので、そろそろそこから芽生える何かを形にしてイケればいいな、となんだか年末のような話をしてしまった。しかし、もうあっという間にクリスマスだな、と気づく今日この頃。博多の陥没の方が気になる

2016年11月6日

ズコバコ超乱交

に入れたのは木下さんの後ですが、もう一人、鈴羽みうという女優さん、この方ももう無修正に軸足を移していらっしゃいますが、ワタシはモザイク入りの方を手に入れました。前にも云ったように、やはり無修正は配信、という料金体系が、ピンポイントには向かない、というものが大半なので、その辺Amazonで買える表DVDの方がずっと手に入れやすいと思います。意外なアドバンテージですが。
その木下さん、何がエロいってね、キスがものすごくイヤラシいのです。ワタシが持っているのは、「ズコバコ超乱交」という作品ですが、まぁ次から次へと男優が現れて、オマンコ触らせてあげる、あるいはオチンチン入れる合図のように、先ずはキスをするのです。それがなんだかものすごくエロい。全く積極的でなく、顔が近づいてきたから受け入れる、という感じですが、一度くっつけると当然ベロチュー。
この受け入れている感覚が、多少ロリの入ったお顔と相まって、男の嗜虐感をそそるわけです。もちろんそれは、乱交というシチュエーションや、まぁ誰でも同じようにというわけにはいかないのでしょうが、まさか他人のキスを見て欲情するとは思わなかった()、というのが正直な感想で、且つ驚きでした。それもまた、セックスは挿入だけがセックスではない、ということなんでしょうな。

木下さんに飽きたら鈴羽さん、という二本体勢で、ここのところAVは流れっぱなしなんですが、そうこうしているうちにヤツが来たわけです。一仕事終えて、ホッとしたのか、あるいは何か魔が差した、というより、誰か何か、俺を呪っているヤツがいるんじゃないか?そういう相手には事欠かないからな、と思う間もなく忍び寄ってきたあいつ。実は今もそいつが隣にいる今日この頃。やる気になるね

2016年11月5日

四角いアソコ

少時系列的には前後するのですが、霧島さくら、という女優さんがいらっしゃいます。彼女はすでに無修正も配信されていますが、ワタシはモザイク入りの方を手にれました。単純に顔が好み、というのと、やっぱりおっぱいが大きいというのと、モザイクや無修正との垣根が低くなっていた感覚が、自分の中にあったので、なんとなくですが、お得な総集編を手に入れました。
モザイクと無修正の違い、というとあるかないか、という違いに過ぎないのではないか、という気がするのは、やはり簡単にオマンコが見られる時代、あるいはもう見飽きたほど見た経験のせいでしょうか?モザイクの向こうにあるものは、確かに詳細には分かりません。でも、そう思えばわりとうっすらともう見えている。それで充分なんだな、というのはこの歳になって始めてモザイク入りに目覚めたワタシの正直な感覚です。
無修正で見られるものを、わざわざモザイク越しに見なくても好いじゃないか、というのがこれまでの感覚でした。でも、おそらくそれはある一定の年齢までか、あるいは今の時代、もうあるなしの問題じゃないんだな、と悟りました。やっぱりセックスは、モザイク越しでも、無修正でもセックスはセックスなんですよ。もっと云えばオマンコにオチンチンが入るだけがセックスじゃないんです。

同じ様なことをリンヂ監督も仰ってましたが、そこはセックスの一部なんですね。分かっていたようで、今更ながら気がついたような気がします。もっとも、霧島さくらさんは、ワタシの価値観のブレイクスルーに貢献したというのもあって、その時点ではベストでしたが、木下さんを手に入れてあっさり二番手に落ち着きました。最近はあんまり見てないです()AVというか、性嗜好のそこが罪なところ。熱している時間はそう長続きしない今日この頃。もちろん美しいものもあります

2016年9月10日

冤罪乱交

ったい付けるつもりはないんですが、答えは簡単です。一緒に風呂に入ることです。まぁ、一緒じゃなくても、シャワーを浴びてきたら、とか、そう促すことで、とりあえず軽装には出来る。まぁ、中には、シャワーを浴びてからでも元のままの服装で戻ってくる強者もいますけど、ホテルに一緒に入るぐらいなら先の話は了解済みが前提ですから、せめてバスローブとか浴衣とかに着替えるのが普通です。
元々私は女性と風呂に入るのが頗る好きで、目が悪いのでじっくり眺める、っていうことはないのですが、最も無防備な時間を共有する、その感覚が一番落ち着くのです。いろいろ話をして、ちょっと触ったりするのが好いんです。前に付き合ったお嬢さんにはだいたい、結婚したら夕食と風呂は必ず二人でする、と宣言していたぐらいですから。そういう意味でも、ホテルに入ったらまず風呂に入りましょう。
例の露天風呂のAVはさておき、ホテルもののバスルームのシーンも少なくなりましたなぁ。確かにシャワーシーンは、余分と言えば余分ですけど、逆にリアリティを補完するいい場所でもあるような気がします。男と一緒に入るも好し、ただ熱心に洗っている所を見るのも好し。まぁ、私が見たいのは、ザーメンを洗い流す所だったりしますけど、それだと別のシチュエーションが入ってくるので、あまり見かけませんが。

結局、なんの話がしたかったのか曖昧になりましたけど、ザッとまとめると、ジャニーズAV男優と、AKBAV女優がパッケージされた乱交もの、というAVが発売されたら、おそらくAVの歴史はそこで終わると思います。もうそれ以上のシチュエーションは、インパクトという意味でも犯罪以外にありません。つまり、多少矛盾したようなことを言うようですが、リアリティもAVがファンタジーであるという前提が肝要だ、と思う今日この頃。どちらも通報は被害者の彼氏

2016年9月9日

まず全裸

談ついでに、おざなりになった話の続きを()。ズボンをヒザまで下げてするセックスを最近見ないのは、レイプ、という言葉に対する風潮とも関係あると思う。ただ、この前、野外セックスの総集編みたいなモノを見たんだけど、野外セックス、あるいは青姦というとなぜか半分がレイプまがいになる。イヤイヤ、カップルがおもしろがって外でやる時だって多いでしょ?そういうのが見たいんだけどなぁ。
そういう意味で、例えば東京熱ものに多いけど、シチュエーションが学校、オフィス、あるいは電車()、などあっても、とりあえず出てくる男優はまず全裸、という所で萎える。失笑してしまうので、ついその部分は飛ばしてしまう。すると、結局、セックスシーンしか残らなくなり、興奮の度合いが下がる。さすがにリアリティがなさ過ぎ。前回、リアリティという「嘘」と言ったけど、それはあまりにも嘘が過ぎる。
昔あるお嬢さんが、ある話をしてくれた。曰く、果たして靴下はいつ脱ぐか?という話題で友人同士議論になったらしい。下着まではだいたい男の方が脱がしてくれるけど、靴下はなぜか置き去り。自分で脱ぐのも、当時ティーンズだった彼女たちからすれば羞恥の極み、かといって脱がしてとも云えない。結局靴下穿いたまま奈乃?まだルーズソックスのなかった昭和の話です()

まぁ、それは笑い話ですけど、事有る毎に私は気になっていて、靴下に限らず、服を脱がすっていうことに関して不得意、というより面倒くさい方なので、何かいい方法はないかと、いつも考えていました。もちろん、現実にホテルには行ったら直ぐに全裸、なんていう便利なシチュエーションはあるわけな・・・、イヤあるのです。これに気がついた時は驚き、また思わず手を叩いて喜んだ今日この頃。妊婦さんみたい

2016年8月26日

ケンカ・セント・アツマッテー中佐

島渚監督が、本番を撮って裁判沙汰になったことは未だ伝説として残っていますが、今の邦画にそんな勇気はない。だからこそ、AVの方がちゃんとした話を作れば好いのだという気がします。もちろんバランスが大事、あと、何度もここで言ったように、セックスは十人十色、性癖の全てを満足させることは無理。ならば、いろんなカップルの事情を、描くというのも一つの方法かも知れません。
カップルAVというと、夫婦者が多いような気がしますが、もう少し柔軟に考えて、とかいろいろ突き詰めていくと、ふと、ちょうど好いテキストがあるじゃないか、と思い立ったのが、ありきたりですが、官能小説です。官能小説とAVは接点が多そうで、では交わっている作品が多いかというと、あまり表立っていないのは何でなんでしょう?現在邦画のほとんどは原作付きといわれていて、ならば、官能小説や同人誌もその範疇に入って好いのではないでしょうか?
官能小説の利点は、じっくりと状況や関係性を説明できる所にあります。逆に、セックスシーンを堪能するには読み手の技量が必要です。想像する部分を、実際に読み手もAVの一場面を想像したりしているのだから、親和性は高いはずなんですがね。単純に予算的な問題でしょうか?下手をすると、安っぽいVシネマみたいになるからでしょうか?まぁ、話のエンドマークのシーンが射精、というのは、AV以外ではなかなかないですけど、そこに如何にカタルシスを持ってくるかはかなり大変な気がします。

映像にはまったく素人なので、結局のところ私が言っても、誰かやってよ、という所にしか落ち着かないのですが、前に云った裏ビデオのリメイクを、リンヂ監督が気に入ってくれたように、ぜひともカップルが欲情するビデオ、というものを試行錯誤してくれたらな、と思います。拙い知恵ですが、もし力になることができるなら、あんな拙い曲以上に頑張って考えますので、ぜひご一報を、といって煙に巻く今日この頃。オレには無理